アフリカ2日目〜エチオピア編②〜
今日は朝早く起きた。5時くらい。
喉が乾燥していることに気づき、マスクを買い求められないことにも気づき、さらには、多少の熱っぽさがあることもわかった僕は少し落胆した。ただ、持ってきたポカリスエットの粉がある程度僕を癒してくれ、いま(エチオピアで21時)ではすっかり治った。実は別の理由もあるのだが。それはこの後書こう。
今日はまず、昨日から続いてビザについて奔走した。
結果としては、エリトリアのビザはエチオピアからは取られなかった。大使館前の兵士に聞いたところ、エリトリア大使館は2ヶ月後(6月下旬?)に開くらしく、それでダメだった。
おそらくだが、エリトリアとエチオピアは昨年、20年ぶりに国境を再開したばかりで、それが影響しているのかもしれない。
そしてお次はソマリランドのビザ発給における「100USドルの確保」。これも、今日は出来なかった。理由は後で書こう。
あとは、エチオピアのビザの種類変更について。僕らはアライバルビザでシングルで取った。ただ、旅程の都合上マルチプルビザ(複数回入国可)に変更したかったので、それがどこで行えるのか、努力した。
結果としては、これもダメだった!理由は後で書こう。
上述の「理由」、それは、「Happy Holiday in Ethiopia」である。
今日(4/26)は、エチオピアの祝日なのだ。
そのために、USドルを手に入れようとしてナショナルバンクに行ったものの閉館。
マルチプルビザの変更についても、おそらく出来そうなところの目処がついたのだが、これも閉館。
そして、僕が熱っぽさから回復できたのも、実はこの祝日のおかげなのである。
どうやら、今日の祝日には、日本人が元日、子どもたちにお年玉をあげるように、我々のようなゲストを含む、多くの人々が(体裁上かはわからないが)子どもたちに向けて“寄付”をするならわしがあるらしい。
実は、今日その出来事に2度も直面したのである。(笑)
まあ、ご想像の通りだが、僕らは観光客、彼らにとっては、どう見えるかは言わずもがなだろう。
フレンドリーに接してくれたが、魂胆は他にあったようにも思えた。
1度目は昼。街の中心部にあるチャーチ付近。
40代の男性が話しかけてきた。今日は祝日だ、ということで色々と歩きながら話してくれた。なんとなくどこかに誘導してくれていたので、それとなくついていった。ここである程度の方は想像できるだろう。“なんかあやしい”と。僕もそうだった。でも、とりあえずついていった。
そうしたら、建物が見えた。道路はいつのまにか、コンクリート舗装から砂利道に変わっていた。言われるがままに入り、僕らは部屋に通された。僕らが入るやいなや、数人の女性(しかもかなり若い。同い年か年下の10-20代だ)が入ってきた。
座ってきた!となりに!!話してきた!!!
突如、音楽が流れる。どうやらエチオピアンソングらしい。彼女らは踊りながら、歌っていた。僕も踊るよういわれ、踊った。
しばらくすると、熱したチャコールを入れた容器(ふたのない七輪のようなもの)を持ち込み、ポットを置いて、小さなコップを用意しだした。
「コーヒーを用意している」と僕らを誘った男は言う。「こうしてにおいを嗅ぐんだ」と言うので、僕らもそれに従う。確かにいいにおいだ。すると、その男含め部屋にいる全ての女性らに、瓶に入った黄色い液体が置かれ始めた。オレンジジュースか?と思ったら、ハニーワインと言うらしい。はちみつワインだ。これは、お祝いの日に飲むスペシャルドリンクらしい。その間も女性らは踊り続け、僕らも時折手を持たれ、立たされる。
しばらくして、コーヒーを飲む時間がきた。
おちょこくらいの小さなコップになみなみ注がれたコーヒー。砂糖が結構入っている。飲んでみると、これはさすがエチオピアなだけはある、うまい。
実は今朝、エチオピアでいちばんうまいと噂の「TOMOCA COFFEE」というお店に行き、コーヒーを飲んだのだが、これがうまかった。早朝の雰囲気も相まって、充実していた。
それを思い出すくらいにはうまかった。
ただ、今はよくわからないところによくわからない人たちといる。そもそもここはエチオピア、アフリカだ。少し危ない気がする。
我々が飲み終えると同時に、彼女らもハニーワインを飲み終えた。そのとき、男が彼女らになにかをいって、女性たちが我々に一斉に「Thank you! Thank you!」と言いはじめたのである。
、、、どうやら、僕らが払うらしい。
すかさずレシートが手元にくる。
書いてあったのは、「2710Birr(ブル)」。
明細には、「ワイン・トラディショナルダンス・コーヒー」の3つが書かれていた。ちなみにそれぞれがいくらかは書いていない。
まとめて2710ブルらしい。日本円にすれば、1ブルだいたい4円なので、10840円くらいだ。
僕はまだ歌舞伎町などでぼったくりバーに行たことがない。まあ行く必要ないのだが、まあ、要は、そういうことである。僕らは彼の善意に“乗っかってしまった”のであった。
まあ、明らかに、高いわけである。
僕らは「ATMはないか?」と言って外に出ようとした。そうしたら男は「一緒に行け」と女性を指す。僕らは1人の女性とともに外に出た。
「ATMはこっちよ」と彼女が指す先には、たしかにATMがあった。しかし、ここで奇跡とも言える出来事が起きる。目の前で、喧嘩が起きたのだ。1人の細い少年が分厚めの男性に肩を突き飛ばされた。おそらく、前に何かがあったのだろう。そうしたら、少年が石を持ったのだ。男性も石を持ち、力の差はまた最初の状態に戻ってしまった。
これには少年は逃げるしかないものの、男性はすぐに追いつく。
その瞬間、15mほ離れた我々にも聞こえるくらいの大きさの鈍い音が鳴った。
左の、背中側の脇腹あたりに垂直に肘をおろしたのである。少年は悶えた。痛みがわかるくらい痛がっていた。
それのおかげ(というと申し訳ないが)で、ATMとは逆の大通り方面に進むことができた。
「彼はこの支払いのようなことは何も言っていなかった。高い。払えない」というが、ついてきた彼女は食い下がる。我々も、2700ブルも払えない。彼女に少し払って事を納めたい、そんな感情があった。結果的には、彼女に少し払って、早々と立ち去った。
彼女には申し訳ない事をした。彼女がいくら支払えばいいかの決定権を持っているわけではない。持っているのは、僕らを場所に導いた、かの男、すなわちボスである。彼女も「これをもらってもわたしがどうすればいいの」と嘆いていたものの、我々も「支払わない」という選択肢は持っていなかった。ただ、高すぎたのである。
我々はホテル方面に向かうミニバス(12、3人が乗るハイエースのバス)に乗り、その場を去った。
昼の祝日コーヒー案件はこれで落着。
我々はホテルのあるエリアに戻った。この地域はわりと治安がよい気がする。ホテルも多く、観光客も多いため、人々はそこまで気にしなくなったからだろう。といっても、好奇の目で見られることは間違いなく、目が合えば何かしらのリアクションを取ることはたしかだ。
僕らは近くで昼食をとった。僕はハンバーガーを頼んだ。60ブル(240円くらい)で、ビッグマックの倍くらいの大きさのハンバーガーと、ポテトを食べられた。お得である。先ほどの経験が経験だけに、よけいに安く思えた。
昼食後はホテルに少し戻り、その店の後ろにあったビリヤードをやることにした。
最初は僕だけでやっていたのだが、しばらくして、ドレッドヘアの迷彩柄の上着を着た男性が来た。
「対決をしよう」彼はそういってキューを持った。ろれつがあまり回っていない。かなり酒を飲んでいるのだろう。
ここで唐突に、僕は日本代表になった。
エチオピア対日本のビリヤード対決が始まった。
結果は僕が1:2で敗北。おつかれさん、抱き合い、写真を撮った。
彼らがいう場所に誘われて、これまたスーパーローカルな場所に連れて行ってもらうことになった。
壁はトタンや段ボール、天井はレジャーシートという、僕らが小さい頃につくった秘密基地をそのまま大きくしたようなところだった。
そこでまた7、8人で話をした。
これを食べると体調が良くなるという葉っぱを“たくさん”いただいた。(“たくさん”というのがカギだ)
今度は、男ばかりである。だが、結構フレンドリーだ。しかも、どうやらこの場所は複雑な家庭状況の人たちを集めて女性が養っているところらしい。少しずつ、感づきはじめたのもつかの間、コーヒーの準備がなされたのである。
お酒も出てきて、我々はもてなされているのを感じる。
政治的な話や経済の話などをする最中、僕らはそちらに目がいって仕方なかった。
そして、ついにこの言葉が、僕を負かしたビリヤードプレーヤーの彼から出た。
「You Pay」
もはや新しい電子決済サービスであってほしいと思ったが、すぐに「このもてなしへの対価を支払うこと」と理解した。
ここでもか、、、しかも全く同じ状況だ。
しかし今回は、まだ親しみを感じる。こう思うと、コミュニケーションは大事なのだなと思う。それが原因で僕の心も揺り動かされたのだから。
結果的には、提示された金額を払った。
これは言わないでおこう。
これで夜の祝日コーヒー案件は決着した。
そして時間は夜。いまに至る。
一緒に来た友人とともに話をして、今はベッドの上だ。ちなみに、体調は結局ぶり返しそうな状態だ。
今日の2件のコーヒー案件、はじめにも述べたように、元日のお年玉的イベントなのではないかと思うと、なんだか合点が行く。
たしかに僕らにとって見知らぬ人に、しかも結構な額のお金を支払うことには抵抗を覚える。僕も当然感じた。ただ、今日(エチオピアの祝日)は、お年玉デーなのかもしれない。多分彼らも、元日に来て見知らぬ子どもにお年玉としていくらあげろ、と言われても理解に苦しむだろう。まあ、言ってしまえばお金を得るまでの過程が違うだけである。
異文化の理解に、しっかり触れた気がした。
僕の友人が、このような出来事があるということを認識した上で、僕らとしては、ちゃんと文化を理解するためにも、そして僕らがより納得するためにも、値段などを聞いておけばよかったね、と言っていた。その通りだと思う。
今日はそんな経験をした。
今後だが、一緒に来た友人とは離合集散を繰り返しつつともに過ごしていくと思う。
別に仲違いではなく、互いに理解した結果だ。
あとは、お金があまりない。(笑)
だが、これが機会減少になるとは思わない。
お金がかかることは、お金をかければできる。
いろんな機会を経て、もっと考えていこうと思えた2日目だった。
明日もがんばろう。