アフリカまであと8日〜実感がない〜
(声に出して読む)
実感がない。
アフリカに行く実感がない。
時間はある。
アフリカに行く時間はある。
先日、ケニア大使館に表敬訪問した際、待合室みたいなところに通された。
そこで大使館の職員と話をしていたのだが、ふと左を見たら、青空の下に都市が広がった首都ナイロビの写真が飾ってあった。もしかしたらあれは精巧な絵だったかもしれない。だが、そこで初めて、「これからあの場所に行くんだ」というあらたまった感覚、俗に言う「実感」的な手ごたえを感じる瞬間があった。
しかしそれは刹那的なもので、気付いた時にはもう、いつもの状態だった。普段から平静を保つように心がけてはいるが、この時だけは、平静を取り戻すのはもう少し後でもよかったかもしれない。と今思うと、思う。
黄熱病のワクチンを射つときも、誰かに報告するときも、そしてあと1週間ほどに迫ったいまも、自ら望んで実感を湧かせられた経験はない。実感はひとりでに湧くものなのだろうか。自分では制御できないのだろうか。いずれにせよ、「海外に行く」という行為そのものに僕は動かされなくなったのかもしれない。ただ考えるだけでは。
絵でも、写真でも、人からの話でも、とにかく、外的要因があって、実感は湧くのかもしれない。
まあ、まだ行ってもいないのだから、うだうだ考えても仕方ない範疇の話ではある。
友達に「ブログを毎日更新して!」と言われた。行きたい国、やりたいこと、ピックアップしてほしいと言われた。
だから、なんとか記事を書いて毎日更新できるように頑張ろうと思い、今こうして書いているのだが、実際のところ、本当に行きたい国や本当にやりたいことは「わからない」が答えである。
ーだから、僕の心情を吐露するしか文字数を稼ぐ方法がないのであるー
エチオピアには確実に行くだろう。(なにせ飛行機の乗降地だから)
エリトリア、ルワンダ、ウガンダ、マラウイ、モザンビーク、南アフリカ、エスワティニ、レソト、ジンバブエあたりにも行くかもしれない。(どこに行こうが大当たり級の思い出になることは間違いなしだ)
上の国々を地図で見てもらえればわかるが、アフリカの東側を、舐めるように南下していくつもりだ。
25歳になって「人生ではじめて」の経験が来週から、3ヶ月間訪れ続ける。
ぶっちゃけ、明日のことなどだれもわからないのだから、誰もが毎日「はじめての経験」をしている。
ただ、ひとつだけ違うのは「予測ができるかどうか」だ。渋谷駅から半蔵門線に乗れば、次は表参道に着く。表参道の次は、青山一丁目に着く。今日も朝9時にあの場所に行けば、あの人たちがいる。
そんなように、日々の習性から知らず識らずのうちに学んだ「慣れ」が、自分が住む場所の半径50km以内には存在しているように感じる。それが人を動かしている。
それが、来週からしばらく”マニュアル操作“になる。“アシスト機能”もない。完全に自由操作だ。嬉しい。不安だ。解き放たれる。途方に暮れる。
まあでも、それもよい。
アフリカまであと8日。
実感がない。