ひょんなことからアフリカへ

ひょんなことからアフリカへ行くことになった男がアフリカから日本に帰ってくるまでの日々を描いた日記。

アフリカ40日目〜南アフリカ編11〜

すこしばかり時間をさかのぼり、2018年の5月末に話を戻してみよう。

 

何をしていたのか、何が起きていたかというと、ぼくが母校で「教育実習」を受けていた時期である。そして、ちょうど5月末には体育祭があった。

そんな、母校での体育祭に時間を戻してみることにする。

 

ぼくは校庭をぐるぐる回り、時には担当学年の生徒らと話をしたり、全く関係ない生徒とコミュニケーションを取ったりして競技半分話半分という感じで楽しんでいた。そして、体育祭における目玉とも言えるリレーがはじまらんとしていた時、ぼくは校庭の中央端で、ホームルームを持つクラスの担任と一緒に体育祭を見ていた。

「あぁ、リレーですね」なんて言葉を交わしていたその時、ふと体育科の女子実習生3名がぼくの前に来た。

もうわかるだろう。

 

「走りませんか?」

 

ぼくは聞き返す間もなく、一気に全員の視線が集まる場所へと駆り出されることとなった。4名1チームで構成。そこでまさかのぼくが残り1人(あと3人は体育科の女子)を務めることになるなんて...。

と後悔する間もなく、そして、(ここが重要である)「準備運動をする間もなく」第1走者になってしまっていたのである。

気づけばもうウサインボルトやタイソンゲイと同じ体勢で銃声を待っている。

何かを考える暇もなく銃は空に向かって撃たれ、ぼくはわけもわからずスタートを切った。

いちばん外側のレーン。ひとつ内側には教員レーンがある。なぜかここで「負けてたまるか」モードが少し発動し、(ここが重要である)「準備運動をしないで」がむしゃらに走ってしまった。

すると、脚がもつれてぼくはトラックを半周するかしないかくらいのコーナーのところで思いっきり前のめりにずっ転んでしまった。

コーナーからいわば脱線するように、生徒らのいる観覧ゾーンにずざざぁーといったのを覚えている。その時は、笑い声よりも悲鳴が聞こえたと思う。しかも、これがゴール終盤ならまだしも、これから向正面に入って生徒らの控えるところをひとりで走るのである。心を無にして走るしかなかった。まあ、笑い話になればよいくらいで、ぼくもひとつ成長の糧にできればよいと今でも思っている。

そんなこんなで次の走者にバトンを渡せたが、とんでもなく久しぶりに走ったせいか息はぜえぜえ、身体も疲れていた。

とはいえまあリレーも終わったので、よしとしよう!そんな気持ちで過ごしていたわけである。

 

 

さて、なぜこんな思い出話をしたのか。

それは、この体育祭においてぼくがやった「準備運動もせずにいきなり走った」という行為が、バタフライエフェクトが如く今に影響しているということを伝えたかったからである。

実は昨年の5月末、ぼくはあのリレーの件で突然全力で走ってしまって以来、左足のアキレス腱を傷めてしまったようなのであった。

リレー以降、しばらく左足のアキレス腱を伸ばしたり力を入れようとする(つまり、歩いたり階段を上ったりという基本的な動作だ)と、痛みが出るようになったのである。

「準備運動もろくにしなかったから」である。

はじめはかなり痛みもあったのだが、数日もすると痛みこそあるものの少しはひいてきて、また、多少慣れたのもあってかそのまま自然治癒に任せることにして(しまって)いたのである。

たぶんアキレス腱の炎症が起きてしまっていたのだと思う。

 

それから月日も経ち、ふと思い出した時にはアキレス腱の痛みはどこかに行った。(どこかに“行った”のである)

あえて左足首をぐいーとかかと側に伸ばしても、痛みはない。もう普通に戻っていたのである。

 

そして今日。

あの体育祭からまるまる1年が経過した今日、6月3日。

再び、ぼくの左アキレス腱は腫れ、歩くだけでじんじんと痛み、歩くのを途中でやめないと痛くてどうしようもできないくらいの状態になってしまっていたのである。

なぜか。

 

テーブルマウンテンである。

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この画像だと象がクレーンで吊るされている方に目がいくだろうか。

 

ここでも、ぼくは「ろくに準備運動もせずに」突然登山をはじめ、そして下山も徒歩で行った。

夜はバーで踊った。この時点で、脚は筋肉痛を引き起こしはじめていた。特段アキレス腱に痛みもなかった。

 

しかし、今朝、起きてみると少し「あの感覚」が。

今日も少し散歩しようと、ウォーターフロントまで行ったのが運の尽き、歩いている途中でどんどん痛くなってくる。それでも、身体も起きて活動的になるので、アキレス腱も多少は慣れて痛みが治まるようにはなった。

そしてウォーターフロントについて少し昼を食べた後、ショッピングセンター内のベンチで小一時間眠ったあとである。

ずっと座ったままだったので、筋肉は再び固まっている。

そこから帰るまでの道のりが、地獄であった。普段の3分の1ほどのスピードで、左足を少し引きずるような状態でホテルまでの道のりを戻った。

 

今はもうホテルに着いたので、ほとんどアキレス腱に負担をかけることはない。

 

いやしかし、肉眼でもわかるくらい左足のアキレス腱あたりが腫れている。

触ればもっとわかる。

あまりよろしくはないのだろうが、つま先側に伸ばしてからかかと側にゆっくりと伸ばすと、アキレス腱が「ググググ」と音を立てて伸びているのがわかるぼである。きっと腫れて大きくなっている分、どこかと擦れあっているのだろう。

 

今のこの状態では遠くまで出歩こうにも難しい。この状況を伝えたくて、思い出話をしてしまった次第である。

 

今日はそんなこともあり、ほとんど何もせずに終わった。

なぜかホテルに帰ったあとはルームメイトと一緒にブルースリーの生い立ちをYouTubeで見たくらいだ。

 

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唯一行ったのはケープタウン駅くらいだ。